作品紹介 俳句

獅子吼令和6年11月号より

今月の句

すげなきは酢の看板と冬の月    支考


主宰句(道統の句) 大野鵠士

「 生々流転   」

方寸の一隅に秋立ちにけり

八月の山の緑に溺れさう

依代の薔薇の刺繍も盆支度

盆唄やオードトワレの香の仄か

休業の札盆明けの鰻屋に

秋蛍涙は涸れぬものと知る

流れたる水の色さへ涼新た

涼新た和顔の果てに慈顔あり

食客の高山右近鳩吹けり

夢にても扇しばらく捨てられず

掌に三鬼の桃の重さかな

鉦叩その折々の母の声

木染月机にパリの地図開く

萩と荻はた新札と新紙幣

雨音を耳に眠らむ防災日

台風を散らせ手力男命

台風は迷走眼鏡探しをり

台風の末期の水を取りもせむ

雷神の逆鱗に触れ稲光

その奥に住む人知らず秋簾

雨が来て楽器と化せる芭蕉葉よ

西鶴忌恋は昔も命がけ

秋風の人と翁を申すべし

大空を生々流転秋の雲 

獅子吼令和6年11月号より

伊吹燦燦(幹事同人代表句) 宮本光野代選

奥つ城や風に乗り来る揚羽蝶      武山 瑠子

夕空や銀やんまふと見なくなる     江田はじめ

昼も夜も叩いて揉んで胡瓜採り     安藤 美保

古書店は宝の山よ水を打つ       村瀬いく子

胸で聴くものの一つに虫の声      塚本 六可

酔芙蓉揺れて迷ひの日々である     本屋 良子

帰り着く小さき町に大西日       小栗 知柚

青鬼灯バケツに立てて売られをり    奥山 ゆい

蝉時雨引き波のごと消えにけり     片桐 栄子

その中に聞くは正しく法師蝉      藤塚 旦子 

鵜舟照覧(維持同人代表句) 奥山ゆい代選

風の音水の音して小鳥来る       五島 青沙

故郷は近くて遠しカンナ咲く      彦坂こやけ

蛍草月の光を浴びて咲く        羽根 佳代

煩悩の一つは汗となり流れ       大竹 花永

妻鳴らすウクレレ緩し夜の秋      松川 正樹

水音のかくも楽しげ夏休み       海老名登水

朝顔や江戸の香芯にとどめをり     古谷 容子

花火消え空は虚空に帰りけり      柴田 恭雨

青き肌青き目玉の鰯焼く        谷口 樵歩

アラン・ドロン逝けりヨットは波の上  上田 旅風

踏青抄(一般会員代表句) 塚本六可代選

秋風や寄木細工のひみつ箱       服部美由貴

目玉有り透くる体に目高の子      石原かめ代

炎昼や消毒液の匂ひ立つ        高木 杜蒼

ソーダ水泡一粒にある生死       松嶋 粋白

蜘蛛壁を登れど背の丸きこと      三島 乙葉

鉄棒の赤茶に熱く敗戦忌        河田 容子

こめかみに痛み集めてかき氷      森  美翠

廃線となる私鉄駅秋立ちぬ       土川 修平

秋の虹梵鐘と競り烏鳴く        和田 勝子

新涼や運河の果のビル高し       日乃藤雨子 

一つ葉集(同人・一般会員の枠無し)代表句

(選者 柴田 恭雨) 

水分を越えても秋暑ありにけり       塚本 六可

神域に競ひ鳴きけり秋の蝉                      草訳 平 

山裾に抱かるる墓地や法師蝉                        各務 惠紅   

コンペイトー抑揚つけて秋の風                    工藤 美佐子

手に受くる月の雫かマスカット                 面手 美音

高原の深き静寂や星月夜                       溝野 智寿子

(選者詠)水鏡神代の月を映しけり        恭雨

東花賞

 東花賞(とうか)は、獅子門の結社賞で、年に1回、20句一組で募集し、審査は道統と獅子門内部の審査員および外部審査員1名により行われます。

 通常は、10月中旬頃に応募締切、審査を経て翌年の獅子吼1月号で結果が発表されます。大賞、佳作、奨励賞が設けられています(該当なしの場合もあります)。

 令和6年の作品募集は、9月を予定しています。

第20回東花賞受賞作品(令和5年)

「菩薩の手」 面手 美音

春禽のまぶしき声に力あり

げんげ田を旅立つ風の唐衣

春祭法被の似合ふ印度人

堅香子の花の韋駄天走りかな

肺炎にかかりゆく月霾晦

超高層ビルの谷底まで薄暑

触角で天突きに行け蝸牛

来年も泳ぐと決意水着買ふ

雹叩く天帝の憂さ晴るるまで

犬抱きて菅貫潜る少女かな

青林檎歯は母からの永久の愛

街路樹へ風の巻き込むの花

伝へ反り決まり騒めく大相撲

コスモスの闇照らしたる救急車

稲架掛や母の稲束父へ飛ぶ

帯緩く月影渡る雁の声

頭皮掻く二B鉛筆小六月

思ほえず届く吉報夕笹子

日脚伸ぶ豚カツ二枚揚ぐる程

風花を遊ばせてゐる菩薩の手 


佳作

「山の霧」三輪 洋路

数の子を噛んですこやか茶寿の母

歩行器に慣れたる母の春ショール

クローバーに倖せといふ風すこし

鉄塔の四肢踏んばつて山笑ふ

妻がゐて母ゐて朝の山椒味噌

さへづりや大樹の陰のベビーカー

耳遠き母が物言ふ目借り時

若竹や少年の声太くなる

梅雨出水岸に薩摩の義士の声

父の忌や母の介護の土用灸

山の水引く水槽のトマトかな

億万の星のしづくや岩かがみ

動くものなき炎天にバスを待つ

山の霧湧き立つ生きてゐる如し

露草や父の遺せる鍬のさび

墓洗ふ長子に山河変はらざる

いつまでも母の記憶に震災忌

清流の足裏に触るる川をこぜ

どの家も山を背負ひて秋茄子

蜂の仔を食うて八十路の力瘤


第19回東花賞受賞作品 (令和4年)

「 ユングフラウの月 」 瀬尾 千草

食卓は時に文机アイスティー

一つこと語る老鴬稲葉山

草いきれ草には草の野心あり

首垂れてをり戦場の向日葵は

ひとりぼつちのヨット北極星の下

大文字の緋色点々夢の中

方形の織部の鉢よ新豆腐

糸萩や翁の筆のしの長く

オカリナは大地の声よ空澄めり

AIも俳句するなりばつたんこ

帯締は白で決まりや星の恋

いざよふ月わが方寸に適ひけり

コンサート中止の知らせ野分だつ

車庫入れのバックゆるゆる蛇穴に

サモトラケのニケの翼や秋の海

小牡鹿のじつと見つむる少女かな

ドローンを飛び立たせけり大花野

獺祭忌その人の名は律といふ

老いにけりユングフラウの月も見で

茅葺の厚み頼もし竹の春


佳作

「寒昴」 柴田 恭雨

春コート二時に和光の前で逢ふ

都踊月は明るく出でにけり

幻聴の琵琶の音竹生島の春

祁門茶淹れて聖金曜日の夜

名物は餅ばかりなり伊勢参

母ありし日の春灯を懐かしむ

めでた唄出て高山の春の宴

宵の春日本橋から銀座まで

聖ルカの像へ五月の雨止まず

ソーダ水ステンドグラスさながらに
生死一如盆の月に照らさるる

もう鳴かぬ鈴虫を今放ちたり

黄落のミナミの街の灯りかな

小六月オカメインコと二人きり

下呂上呂小坂久々野を夕時雨

南北の御堂に冬木続きをり

草鞋酒勧められけり飛騨に雪

人は皆破戒僧やも薬喰

たつた一度きりのこの世か寒昴

冬枯れの野にも光は降り注ぐ


第18回東花賞受賞作品 (令和3年)

※令和3年は、大賞が2作品選出されました。

「紅に情熱」 村上 三枝
白靴のスパンコールや昼の星

肩口に黒き揚羽よ父のこと

叱られて夕立風のなすままに

青時雨木目濃き古刹の廂

紫陽花の紅に情熱ありぬべし

巴里祭泡弾けたるロゼワイン

星今宵対岸の灯と波音と

休日の父の胡座や十三夜

星月夜青きインクの飛び散るや

吊るし柿思ひ出ひとつづつ消して

千枚の棚田千匹赤蜻蛉

みはるかす課外授業の海や冬

冬ざれや石積み古墳かもしれぬ

追憶の糸手繰り寄せ枯木立

いづくにも逃げ場なき夜の虎落笛

隠したき思ひはあれど地虫出づ

藤の花水面に影を揺らめかす

真夜中の花弁散る音に目覚めけり

陽炎に解けゆく街はさくら色

この玻璃は春の光のための玻璃


「骨壺」 各務 恵紅

一切は空へと言へども春の空

春泥や象の足裏は真平

朝露の匂ひ飛ばして半仙戯

春雨に濡れたる傘の置き所

許さるる面会五分花の窓

白鷺の魚飲む喉の動きけり

腹這ひて蟻の秘密を聞き出さむ

遺影持つ背中に迫る蝉時雨

仏桑華かの世へひと日近づけり

戸籍には南冥の地や敗戦忌

秋暑し捺印多き契約書

山の気を孕み霧立つ木曽の谷

骨壺や三日月抱く星一つ

読み直す母のメモ書虫の夜

朴散りて空はますます遠くなる

裏表あるやマスクに言の葉に

あの日より捲られぬまま古暦

霊峰に落つる星々虎落笛

寒椿闇に溶けざる色に咲く

新刊書幾冊も手に春隣


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