作品紹介 俳句

獅子吼令和6年4月号より

今月の句

(休載)


主宰句(道統の句) 大野鵠士

「 オペ録(上) 」

二十年来腰部脊柱管狭窄症

落葉踏み病の坂を幾そたび

雪嶺の伊吹を讃へ入院す

オペ室にロック寒灯メタリック

術中酔夢 三句

月氷ル切レ味知ラヌ電気メス

吾輩ハ骨削ラレテ海鼠ナリ

神経ノ癒着剥ガサレ虎落笛

麻酔覚め寒灯垂るる鼻の上

昏々と壁の鏡に山眠る

寒鴉羽根はカオスの闇の色

点滴は冬銀河より落ち来るや

主治医は岐阜高校時代の教へ子なり。かつては教師と生徒、今は医師と患者にて、是れ縁と言はずして如何せん

医の道の君も旅人冬桜

オペ九時間に及ぶ。さぞ疲れぬべし。謝するにふさはしき言葉も思ひ浮かばず。ただ、たこ焼きが好きと知れば

熱燗をたこ焼き当てに呑みますか

病棟の北窓閉ぢず開かれず

修行僧の如き粥腹冬果つる

喉に溶ける病院食の鬼の豆

通じ三日なく、やがて尿一滴も出ず。膀胱の蓄尿量は約五〇〇ccまでと聞くに六五〇ccなれば

導尿の抜き差し痛し寒明くる

MR音

穴出むと地虫のもがく呟きか

サイレンのドップラー効果春の雨

コルセット着け出陣の春の夢

形よりスイートピーの色やさし

春の朝肘三角に起き上がる

飛騨出身と告げる若き看護師あり。わが初任校斐太高校卒と知れば懐かしきこと限りなく、「そそり立ちたる乗鞍の山」と唇に浮かびて

春宵や校歌小声に合唱す

レンブラントなら春灯を疾く描け

病む床の幾夜寝覚に梅思ふ

伊吹燦燦(幹事同人代表句)

松過や鳥の泳ぎを見て飽かず    片桐 栄子

寂びれたる町を一瞥寒鴉      渡辺 靖子

賑わしき鳥の鳴き声雪くるか    後藤 朱乃

寒林の明るき日差し鳥の影     溝野 智寿子

遠きほど光あまねき浮寝鳥     小林 節子

湯豆腐や人の深淵垣間見る     塚本 六可

生ハムを薄く包丁始かな      奥山 ゆい

数の子を噛めば幼な日甦る     瀬尾 千種

氷海のクリオネ赤い身を透かす   武山 瑠子

寒鰤や居酒屋にある品書きに    柳 蘭子

鵜舟照覧(維持同人代表句)

初日記乱るる文字で地震のこと   彦坂 こやけ

暖炉焚く茶房の奥の絵本棚     松川 正樹

水仙の花に海鳴る日もあらむ    武藤 真弦

留守居して書棚の整理けふ三日   河合 素汀

吐き切つて深く息継ぐ去年今年   五島 青沙

雪女人を恋ふる夜紅をさす     瀬戸 斐香

誰が為にこの世はあるや初明り   柴田 恭雨

兵役のなき国に在り初日の出    髙橋 よし子

湯を引きて冬満月に招かるる    禿 隆子

踏青抄(一般会員代表句)

縦割りの白菜の芯動き出す     杉山 玲香

一歩づつ大股になり春隣      松尾 ひろし

着膨れて振り返ること忘れけり   鈴木 朋子

初日記五年日記の三年目      森  美翠

茅葺の半ば朽ちたり寒の雨     太田 千陽

捨て舟に川鵜とまりて冬深む    谷 ふみ香

御降りの窓打つ音の明るさよ    服部 華宵

メレンゲの角ぴんと立ち雪積もる  箕浦 久子

一つ葉集(同人・一般会員の枠無し)代表句

(選者 片桐 栄子)

花束もリースもミモザなかりせば     奥山 ゆい

ぼんやりと月生みながら雪止みぬ        塚本    六可

星落ちて銀河の飛沫梅の宿              日乃 藤雨子

湖を神は渡らず寒明くる            柴田 恭雨

掲示板埋まる貼紙春近し               藤井 大和

待春や歩行者天国の銀座                          村上 三枝

風花や重き一言さりげなく           谷口 樵歩

(選者詠)
白梅や野に返らむとする畑に      栄子

東花賞

 東花賞(とうか)は、獅子門の結社賞で、年に1回、20句一組で募集し、審査は道統と獅子門内部の審査員および外部審査員1名により行われます。
 通常は、10月中旬頃に応募締切、審査を経て翌年の獅子吼1月号で結果が発表されます。大賞、佳作、奨励賞が設けられています(該当なしの場合もあります)。

第20回東花賞受賞作品(令和5年)

「菩薩の手」 面手 美音

春禽のまぶしき声に力あり

げんげ田を旅立つ風の唐衣

春祭法被の似合ふ印度人

堅香子の花の韋駄天走りかな

肺炎にかかりゆく月霾晦

超高層ビルの谷底まで薄暑

触角で天突きに行け蝸牛

来年も泳ぐと決意水着買ふ

雹叩く天帝の憂さ晴るるまで

犬抱きて菅貫潜る少女かな

青林檎歯は母からの永久の愛

街路樹へ風の巻き込むの花

伝へ反り決まり騒めく大相撲

コスモスの闇照らしたる救急車

稲架掛や母の稲束父へ飛ぶ

帯緩く月影渡る雁の声

頭皮掻く二B鉛筆小六月

思ほえず届く吉報夕笹子

日脚伸ぶ豚カツ二枚揚ぐる程

風花を遊ばせてゐる菩薩の手 


佳作

「山の霧」三輪 洋路

数の子を噛んですこやか茶寿の母

歩行器に慣れたる母の春ショール

クローバーに倖せといふ風すこし

鉄塔の四肢踏んばつて山笑ふ

妻がゐて母ゐて朝の山椒味噌

さへづりや大樹の陰のベビーカー

耳遠き母が物言ふ目借り時

若竹や少年の声太くなる

梅雨出水岸に薩摩の義士の声

父の忌や母の介護の土用灸

山の水引く水槽のトマトかな

億万の星のしづくや岩かがみ

動くものなき炎天にバスを待つ

山の霧湧き立つ生きてゐる如し

露草や父の遺せる鍬のさび

墓洗ふ長子に山河変はらざる

いつまでも母の記憶に震災忌

清流の足裏に触るる川をこぜ

どの家も山を背負ひて秋茄子

蜂の仔を食うて八十路の力瘤


第19回東花賞受賞作品 (令和4年)

「 ユングフラウの月 」 瀬尾 千草

食卓は時に文机アイスティー

一つこと語る老鴬稲葉山

草いきれ草には草の野心あり

首垂れてをり戦場の向日葵は

ひとりぼつちのヨット北極星の下

大文字の緋色点々夢の中

方形の織部の鉢よ新豆腐

糸萩や翁の筆のしの長く

オカリナは大地の声よ空澄めり

AIも俳句するなりばつたんこ

帯締は白で決まりや星の恋

いざよふ月わが方寸に適ひけり

コンサート中止の知らせ野分だつ

車庫入れのバックゆるゆる蛇穴に

サモトラケのニケの翼や秋の海

小牡鹿のじつと見つむる少女かな

ドローンを飛び立たせけり大花野

獺祭忌その人の名は律といふ

老いにけりユングフラウの月も見で

茅葺の厚み頼もし竹の春


佳作

「寒昴」 柴田 恭雨

春コート二時に和光の前で逢ふ

都踊月は明るく出でにけり

幻聴の琵琶の音竹生島の春

祁門茶淹れて聖金曜日の夜

名物は餅ばかりなり伊勢参

母ありし日の春灯を懐かしむ

めでた唄出て高山の春の宴

宵の春日本橋から銀座まで

聖ルカの像へ五月の雨止まず

ソーダ水ステンドグラスさながらに
生死一如盆の月に照らさるる

もう鳴かぬ鈴虫を今放ちたり

黄落のミナミの街の灯りかな

小六月オカメインコと二人きり

下呂上呂小坂久々野を夕時雨

南北の御堂に冬木続きをり

草鞋酒勧められけり飛騨に雪

人は皆破戒僧やも薬喰

たつた一度きりのこの世か寒昴

冬枯れの野にも光は降り注ぐ


第18回東花賞受賞作品 (令和3年)

※令和3年は、大賞が2作品選出されました。

「紅に情熱」 村上 三枝
白靴のスパンコールや昼の星

肩口に黒き揚羽よ父のこと

叱られて夕立風のなすままに

青時雨木目濃き古刹の廂

紫陽花の紅に情熱ありぬべし

巴里祭泡弾けたるロゼワイン

星今宵対岸の灯と波音と

休日の父の胡座や十三夜

星月夜青きインクの飛び散るや

吊るし柿思ひ出ひとつづつ消して

千枚の棚田千匹赤蜻蛉

みはるかす課外授業の海や冬

冬ざれや石積み古墳かもしれぬ

追憶の糸手繰り寄せ枯木立

いづくにも逃げ場なき夜の虎落笛

隠したき思ひはあれど地虫出づ

藤の花水面に影を揺らめかす

真夜中の花弁散る音に目覚めけり

陽炎に解けゆく街はさくら色

この玻璃は春の光のための玻璃


「骨壺」 各務 恵紅

一切は空へと言へども春の空

春泥や象の足裏は真平

朝露の匂ひ飛ばして半仙戯

春雨に濡れたる傘の置き所

許さるる面会五分花の窓

白鷺の魚飲む喉の動きけり

腹這ひて蟻の秘密を聞き出さむ

遺影持つ背中に迫る蝉時雨

仏桑華かの世へひと日近づけり

戸籍には南冥の地や敗戦忌

秋暑し捺印多き契約書

山の気を孕み霧立つ木曽の谷

骨壺や三日月抱く星一つ

読み直す母のメモ書虫の夜

朴散りて空はますます遠くなる

裏表あるやマスクに言の葉に

あの日より捲られぬまま古暦

霊峰に落つる星々虎落笛

寒椿闇に溶けざる色に咲く

新刊書幾冊も手に春隣


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