作品紹介 俳句
獅子吼令和6年8月号より
今月の句
蜻蛉のあたまにとまる日向かな 支考
主宰句(道統の句) 大野鵠士
「 竹の花 」
鉤の手に道曲がりたり夏燕
このあたり広重生家鯉幟
新緑やチーズ垂れたるパンの耳
越後湯沢
布半に駒子を思ふ袷かな
左党より拙者この頃ビール党
体内に宇宙ありけり走り梅雨
変声期近き跣足の少年よ
下呂乗政湯屋
ちよこなんと座して昔の糸取女
時の日を三分遅れ来る電車
はんざきよ立心偏の筆順は
酒煙草諸々供へ桜桃忌
水甘き星に棲み飽き恋蛍
南天の花厄女厄男
皿に置く銀匙梅雨の灯の歪む
七変化今日また傘を買ふ破目に
所詮は管
ホモ-サピエンス蚯蚓嘲りてはならず
白百合や莟に開く力溜め
俳諧は競ふものかは竹の花
悪魔の声
戦争ヲヤメラレマセン蟻地獄
昭和四十三年八月飛騨川にバス転落
花合歓や線香匂ふ事故現場
魂のふるへてゐたり合歓の花
健やかな目覚め朝日に合歓きらら
灯る如眠れるが如合歓咲ける
象潟
夢見たる合歓や遥かな日本海
伊吹燦燦(幹事同人代表句) 宮本光野代選
アネモネや言葉は蜜も棘も持ち 奥山 ゆい
少年の口笛高く春惜しむ 溝野智寿子
ひたぶるのあえか芍薬全うす 河合はつ江
風やさし花の蘂降る夕べかな 青木 久美
五月来る静かの海が月にある 塚本 六可
水音も夏の気配となりにけり 柳 蘭子
有難きぶ厚き手紙風光る 石坂水帆子
風音をまとふ大樹の青葉かな 後藤 朱乃
逸早く風を感ずる柳絮かな 小栗 知柚
糸口の見つからぬまま水を打つ 南雲 玉江
鵜舟照覧(維持同人代表句) 奥山ゆい代選
咲けばまた雨を呼びたる花水木 柴田 恭雨
青葉闇角磨きたる印度犀 草訳 平
朝明けの新樹影より動き出す 武藤 真弦
裸婦像の足元に蝸牛寄る 松川 正樹
短夜や廊下を叩く杖の音 内藤千壽子
女郎蜘蛛忍者のごとく子を放つ 隆子
ジーンズはブリーチアウト青嵐 五島 青沙
丹田に五月の風をゆつくりと 棚橋 悦子
雲丸め綿菓子とせむこどもの日 谷口 樵歩
踏青抄(一般会員代表句) 塚本六可代選
草笛や母に問ひたきこと数多 衣斐佐和子
新緑やギャロップを踏む競走馬 服部美由貴
柿若葉漏るる光にリズムあり 土川 修平
竹の皮散りて華やぐ廃線路 太田 千陽
ほろ苦き箸先に春惜しみけり 谷 ふみ香
草野球の二十人程風薫る 三島 乙葉
墨絵めく障子の影の清和かな 箕浦 久子
夏来るラはオカリナのチューニング 碧 理子
一両の電車薫風招き入れ 和田 勝子
麦畑黄金眩しく蒼穹へ 岩田 純華
十人十色不揃ひの苺摘む 鈴木 朋子
一つ葉集(同人・一般会員の枠無し)代表句
(選者 柴田 恭雨)
月影を溶かして甘し夏の水 塚本 六可
青蛙真白き花の苞に住む 面手 美音
短夜や術後の痛み耐へに耐へ 草訳 平
喪の家のアガパンサスや梅雨近し 村上 三枝
思ひ出す名刹の塔九輪草 松橋 五笑
矢車草やうやうに咲き雨を待つ 岩田 純華
蕊抜けて落つるを待てり沙羅の花 服部 華宵
草笛の調子外れや子ら笑ふ 松川 正樹
檜扇水仙緑雨上がりて咲きのぼる 工藤 美佐子
(選者詠)伝来の薩摩切子や奥座敷 恭雨
東花賞
東花賞(とうか)は、獅子門の結社賞で、年に1回、20句一組で募集し、審査は道統と獅子門内部の審査員および外部審査員1名により行われます。
通常は、10月中旬頃に応募締切、審査を経て翌年の獅子吼1月号で結果が発表されます。大賞、佳作、奨励賞が設けられています(該当なしの場合もあります)。
令和6年の作品募集は、9月を予定しています。
第20回東花賞受賞作品(令和5年)
「菩薩の手」 面手 美音
春禽のまぶしき声に力あり
げんげ田を旅立つ風の唐衣
春祭法被の似合ふ印度人
堅香子の花の韋駄天走りかな
肺炎にかかりゆく月霾晦
超高層ビルの谷底まで薄暑
触角で天突きに行け蝸牛
来年も泳ぐと決意水着買ふ
雹叩く天帝の憂さ晴るるまで
犬抱きて菅貫潜る少女かな
青林檎歯は母からの永久の愛
街路樹へ風の巻き込むの花
伝へ反り決まり騒めく大相撲
コスモスの闇照らしたる救急車
稲架掛や母の稲束父へ飛ぶ
帯緩く月影渡る雁の声
頭皮掻く二B鉛筆小六月
思ほえず届く吉報夕笹子
日脚伸ぶ豚カツ二枚揚ぐる程
風花を遊ばせてゐる菩薩の手佳作
「山の霧」三輪 洋路
数の子を噛んですこやか茶寿の母
歩行器に慣れたる母の春ショール
クローバーに倖せといふ風すこし
鉄塔の四肢踏んばつて山笑ふ
妻がゐて母ゐて朝の山椒味噌
さへづりや大樹の陰のベビーカー
耳遠き母が物言ふ目借り時
若竹や少年の声太くなる
梅雨出水岸に薩摩の義士の声
父の忌や母の介護の土用灸
山の水引く水槽のトマトかな
億万の星のしづくや岩かがみ
動くものなき炎天にバスを待つ
山の霧湧き立つ生きてゐる如し
露草や父の遺せる鍬のさび
墓洗ふ長子に山河変はらざる
いつまでも母の記憶に震災忌
清流の足裏に触るる川をこぜ
どの家も山を背負ひて秋茄子
蜂の仔を食うて八十路の力瘤
第19回東花賞受賞作品 (令和4年)
「 ユングフラウの月 」 瀬尾 千草
食卓は時に文机アイスティー
一つこと語る老鴬稲葉山
草いきれ草には草の野心あり
首垂れてをり戦場の向日葵は
ひとりぼつちのヨット北極星の下
大文字の緋色点々夢の中
方形の織部の鉢よ新豆腐
糸萩や翁の筆のしの長く
オカリナは大地の声よ空澄めり
AIも俳句するなりばつたんこ
帯締は白で決まりや星の恋
いざよふ月わが方寸に適ひけり
コンサート中止の知らせ野分だつ
車庫入れのバックゆるゆる蛇穴に
サモトラケのニケの翼や秋の海
小牡鹿のじつと見つむる少女かな
ドローンを飛び立たせけり大花野
獺祭忌その人の名は律といふ
老いにけりユングフラウの月も見で
茅葺の厚み頼もし竹の春
佳作
「寒昴」 柴田 恭雨
春コート二時に和光の前で逢ふ
都踊月は明るく出でにけり
幻聴の琵琶の音竹生島の春
祁門茶淹れて聖金曜日の夜
名物は餅ばかりなり伊勢参
母ありし日の春灯を懐かしむ
めでた唄出て高山の春の宴
宵の春日本橋から銀座まで
聖ルカの像へ五月の雨止まず
ソーダ水ステンドグラスさながらに
生死一如盆の月に照らさるる
もう鳴かぬ鈴虫を今放ちたり
黄落のミナミの街の灯りかな
小六月オカメインコと二人きり
下呂上呂小坂久々野を夕時雨
南北の御堂に冬木続きをり
草鞋酒勧められけり飛騨に雪
人は皆破戒僧やも薬喰
たつた一度きりのこの世か寒昴
冬枯れの野にも光は降り注ぐ
第18回東花賞受賞作品 (令和3年)
※令和3年は、大賞が2作品選出されました。
「紅に情熱」 村上 三枝
白靴のスパンコールや昼の星
肩口に黒き揚羽よ父のこと
叱られて夕立風のなすままに
青時雨木目濃き古刹の廂
紫陽花の紅に情熱ありぬべし
巴里祭泡弾けたるロゼワイン
星今宵対岸の灯と波音と
休日の父の胡座や十三夜
星月夜青きインクの飛び散るや
吊るし柿思ひ出ひとつづつ消して
千枚の棚田千匹赤蜻蛉
みはるかす課外授業の海や冬
冬ざれや石積み古墳かもしれぬ
追憶の糸手繰り寄せ枯木立
いづくにも逃げ場なき夜の虎落笛
隠したき思ひはあれど地虫出づ
藤の花水面に影を揺らめかす
真夜中の花弁散る音に目覚めけり
陽炎に解けゆく街はさくら色
この玻璃は春の光のための玻璃
「骨壺」 各務 恵紅
一切は空へと言へども春の空
春泥や象の足裏は真平
朝露の匂ひ飛ばして半仙戯
春雨に濡れたる傘の置き所
許さるる面会五分花の窓
白鷺の魚飲む喉の動きけり
腹這ひて蟻の秘密を聞き出さむ
遺影持つ背中に迫る蝉時雨
仏桑華かの世へひと日近づけり
戸籍には南冥の地や敗戦忌
秋暑し捺印多き契約書
山の気を孕み霧立つ木曽の谷
骨壺や三日月抱く星一つ
読み直す母のメモ書虫の夜
朴散りて空はますます遠くなる
裏表あるやマスクに言の葉に
あの日より捲られぬまま古暦
霊峰に落つる星々虎落笛
寒椿闇に溶けざる色に咲く
新刊書幾冊も手に春隣