作品紹介 俳句

獅子吼令和6年10月号より

今月の句

茸狩といふて出ばや旅姿   支考


主宰句(道統の句) 大野鵠士

「 誰袖   」

一閃に岩砕きけりはたた神

黒南風に逆巻く川は竜となる

百日紅無常迅速ひたに告ぐ

突く杖も暑さに細るかと思ふ

蟇笑ひをり胆力を養へと

溽暑なり破鍋もまた綴蓋も

なかんづく誰袖といふ名を愛す

葉柳の縺れをほどく風もがな

水たまりは北海道の形夏

箱庭にあり鉄橋もトンネルも

プールサイド人が魚に見え始め

眠らざる町の虚空に旱星

人は汗かきたりヒトは汗かかず

山清水方丈の庵このあたり

愚痴多き鴨長明油蝉

阿と言へばと応へて蓮開く

体温より気温は高く草田男忌

手に負へぬものの一つに灸花

背筋正して図書館に昼寝せむ

一帖もあれば事足る三尺寝

木の形して透明な蝉の声

空蝉や時ぽろぽろと零れける

闇の色深くなりけり夜の秋

  巡 業

明日秋といふ日の相撲甚句かな 

獅子吼令和6年10月号より

伊吹燦燦(幹事同人代表句) 宮本光野代選

万緑に弾かれ風の鳴きにけり      塚本 六可

君とゐた街はそのままあいの風     松尾 一歩

夕焼の中童らの消えゆけり       澤井 国造

たゆたへる湖面の月よ浮いてこい    武山 瑠子

炎昼やダリの絵を見て吾もぐにやり   名和よちゑ

冷麦をすすりてほつと致しけり     矢橋 初美

桃缶の淡き濁りや夏の風邪       後藤 朱乃

万物の匂ひ立ちたり梅雨晴間      小栗 知柚

若き日の母に会ひけり昼寝覚      瀬尾 千草

境内に足音もなし額の花        奥山 ゆい 

鵜舟照覧(維持同人代表句) 奥山ゆい代選

面映ゆし影をひとつに日からかさ    内藤千壽子

夕さりて父の蔵書に紙魚走る      村上 三枝

凌霄や明日は隣の庭に散り       瀬戸 斐香

人の世に少し距離おき初蛍       武藤 真弦

夏暁や厨にひとり菜を刻む       河合 素汀

競りの声一際高し梅雨あがる      五島 青沙

虹消えて人美しく去る如し       柴田 恭雨

シルバーカーごとんごとんと片かげり  彦坂こやけ

寄辺なき蝙蝠長く指伸ばす       島  亜蘭

美濃の水を味はふやうに冷奴      大成 空阿

踏青抄(一般会員代表句) 塚本六可代選

小鋏のほぐす縫目や女梅雨       鈴木 朋子

夕日背に列車着きたり月見草      太田 千陽

羅に透くる項の白さかな        谷 ふみ香

夕焼の深き宇宙や水鏡         山口 惠祥

錫色の天上照らす青田かな       日乃藤雨子

何度でも同じ夢見る熱帯夜       服部 華宵

初胡瓜糠に眠らせ明日を待つ      小柳 いく

羅や湯返しの音涼やかに        服部美由貴

大嫌ひ日曜の雨ピーマンも       土川 修平

ざぶざぶと桶の中より冷麦を      和田 勝子 

一つ葉集(同人・一般会員の枠無し)代表句

(選者 柴田 恭雨) 

アールデコ映す夏陰古校舎           日乃 藤雨子

さう言えばそれらしき風秋立てり       溝野 智寿子 

立秋と書けば掠れるボールペン               面手 美音   

舟浮かべ銀河を渡る旅に出む                服部 華宵

水音の聞こゆる脇の草の花          矢橋 初美

秋雲や今も心に師の言葉           藤井 大和

(選者詠)鵜舟ゆくまだ降り止まぬ雨の中     恭雨

東花賞

 東花賞(とうか)は、獅子門の結社賞で、年に1回、20句一組で募集し、審査は道統と獅子門内部の審査員および外部審査員1名により行われます。

 通常は、10月中旬頃に応募締切、審査を経て翌年の獅子吼1月号で結果が発表されます。大賞、佳作、奨励賞が設けられています(該当なしの場合もあります)。

 令和6年の作品募集は、9月を予定しています。

第20回東花賞受賞作品(令和5年)

「菩薩の手」 面手 美音

春禽のまぶしき声に力あり

げんげ田を旅立つ風の唐衣

春祭法被の似合ふ印度人

堅香子の花の韋駄天走りかな

肺炎にかかりゆく月霾晦

超高層ビルの谷底まで薄暑

触角で天突きに行け蝸牛

来年も泳ぐと決意水着買ふ

雹叩く天帝の憂さ晴るるまで

犬抱きて菅貫潜る少女かな

青林檎歯は母からの永久の愛

街路樹へ風の巻き込むの花

伝へ反り決まり騒めく大相撲

コスモスの闇照らしたる救急車

稲架掛や母の稲束父へ飛ぶ

帯緩く月影渡る雁の声

頭皮掻く二B鉛筆小六月

思ほえず届く吉報夕笹子

日脚伸ぶ豚カツ二枚揚ぐる程

風花を遊ばせてゐる菩薩の手 


佳作

「山の霧」三輪 洋路

数の子を噛んですこやか茶寿の母

歩行器に慣れたる母の春ショール

クローバーに倖せといふ風すこし

鉄塔の四肢踏んばつて山笑ふ

妻がゐて母ゐて朝の山椒味噌

さへづりや大樹の陰のベビーカー

耳遠き母が物言ふ目借り時

若竹や少年の声太くなる

梅雨出水岸に薩摩の義士の声

父の忌や母の介護の土用灸

山の水引く水槽のトマトかな

億万の星のしづくや岩かがみ

動くものなき炎天にバスを待つ

山の霧湧き立つ生きてゐる如し

露草や父の遺せる鍬のさび

墓洗ふ長子に山河変はらざる

いつまでも母の記憶に震災忌

清流の足裏に触るる川をこぜ

どの家も山を背負ひて秋茄子

蜂の仔を食うて八十路の力瘤


第19回東花賞受賞作品 (令和4年)

「 ユングフラウの月 」 瀬尾 千草

食卓は時に文机アイスティー

一つこと語る老鴬稲葉山

草いきれ草には草の野心あり

首垂れてをり戦場の向日葵は

ひとりぼつちのヨット北極星の下

大文字の緋色点々夢の中

方形の織部の鉢よ新豆腐

糸萩や翁の筆のしの長く

オカリナは大地の声よ空澄めり

AIも俳句するなりばつたんこ

帯締は白で決まりや星の恋

いざよふ月わが方寸に適ひけり

コンサート中止の知らせ野分だつ

車庫入れのバックゆるゆる蛇穴に

サモトラケのニケの翼や秋の海

小牡鹿のじつと見つむる少女かな

ドローンを飛び立たせけり大花野

獺祭忌その人の名は律といふ

老いにけりユングフラウの月も見で

茅葺の厚み頼もし竹の春


佳作

「寒昴」 柴田 恭雨

春コート二時に和光の前で逢ふ

都踊月は明るく出でにけり

幻聴の琵琶の音竹生島の春

祁門茶淹れて聖金曜日の夜

名物は餅ばかりなり伊勢参

母ありし日の春灯を懐かしむ

めでた唄出て高山の春の宴

宵の春日本橋から銀座まで

聖ルカの像へ五月の雨止まず

ソーダ水ステンドグラスさながらに
生死一如盆の月に照らさるる

もう鳴かぬ鈴虫を今放ちたり

黄落のミナミの街の灯りかな

小六月オカメインコと二人きり

下呂上呂小坂久々野を夕時雨

南北の御堂に冬木続きをり

草鞋酒勧められけり飛騨に雪

人は皆破戒僧やも薬喰

たつた一度きりのこの世か寒昴

冬枯れの野にも光は降り注ぐ


第18回東花賞受賞作品 (令和3年)

※令和3年は、大賞が2作品選出されました。

「紅に情熱」 村上 三枝
白靴のスパンコールや昼の星

肩口に黒き揚羽よ父のこと

叱られて夕立風のなすままに

青時雨木目濃き古刹の廂

紫陽花の紅に情熱ありぬべし

巴里祭泡弾けたるロゼワイン

星今宵対岸の灯と波音と

休日の父の胡座や十三夜

星月夜青きインクの飛び散るや

吊るし柿思ひ出ひとつづつ消して

千枚の棚田千匹赤蜻蛉

みはるかす課外授業の海や冬

冬ざれや石積み古墳かもしれぬ

追憶の糸手繰り寄せ枯木立

いづくにも逃げ場なき夜の虎落笛

隠したき思ひはあれど地虫出づ

藤の花水面に影を揺らめかす

真夜中の花弁散る音に目覚めけり

陽炎に解けゆく街はさくら色

この玻璃は春の光のための玻璃


「骨壺」 各務 恵紅

一切は空へと言へども春の空

春泥や象の足裏は真平

朝露の匂ひ飛ばして半仙戯

春雨に濡れたる傘の置き所

許さるる面会五分花の窓

白鷺の魚飲む喉の動きけり

腹這ひて蟻の秘密を聞き出さむ

遺影持つ背中に迫る蝉時雨

仏桑華かの世へひと日近づけり

戸籍には南冥の地や敗戦忌

秋暑し捺印多き契約書

山の気を孕み霧立つ木曽の谷

骨壺や三日月抱く星一つ

読み直す母のメモ書虫の夜

朴散りて空はますます遠くなる

裏表あるやマスクに言の葉に

あの日より捲られぬまま古暦

霊峰に落つる星々虎落笛

寒椿闇に溶けざる色に咲く

新刊書幾冊も手に春隣


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